2020年08月10日

助けてくれてありがとう!わたしたち親子の感謝感謝の記録(2)

以下の文は、こどもの闘病を通して記録に残しておきたいことです。

とても長いし、本当に個人的な記録です。

こういう記事を読みたくない方もみえると思うので、その場合は読み進めないようにお願いしたいと思います<(_ _)>





ある日、こどもの突然の体調不良から始まり、原因不明と言われ続けて元気になるまでの5年間。
振り返ると、本当にいろいろなことがありました。


その中でたくさんの人に出会い、支えてもらったり、仲間になったり、感謝してもしきれない日々をいっぱい過ごしてきました。


時間が経つと、今までどんなことがあってどんな気持ちだったのか、きっと忘れてしまうので、このブログに書き留めておきたいと思って記録することにしました。

豊田の主治医の先生・看護師さん・保育士さん


クリニックから紹介状を持って行った、市内のとある総合病院。


その後ここで何度も入院することになるのですが、小児科の主治医の先生や看護師さん、保育士さん、みんなが本当に優しくて元気

この病院があるから、豊田に住んでてよかったなって、こどももわたしも思っています。



「原因がわからない」と他科や他院のいろいろな先生に言われ続けた時も、ここの主治医の先生だけは「きっと原因はこれだ」と信じてくれていました。(専門ではないので診断まではできないのですが…汗


こどもが手術を受けて元気になることができたのは、先生が背中を押してくれたおかげです。
本当に感謝しかないですにこにこ


最近は、先生のところを受診する機会もすっかりなくなってしまったけど(コロナ禍で…汗)こどもも先生に会って、「手術がんばったよ!」って言いたいんだろうなぁと思います。


こどもの話を聞くときには、いつもこどもの目線まで頭を下げて話を聞いてくれる、そんな優しい先生が主治医になってくれて本当によかったです。


病棟の看護師さんたちにもたくさんお世話になりました。

何度も入院したので、1番最近の入院のときにも半分くらいは知っている看護師さんで元気
入院したら「〇〇く~ん!」と皆さんが部屋に会いに来てくれたのが嬉しかったです。

これまでの苦労を知ってくれている看護師さんが、久しぶりの再会にわたしをハグしてくれたり(←これはコロナ前)、

いつもの保育士さんも、数年ぶりに会った時に以前の会話の内容までも覚えていてくれたりもしてしあわせ

本当にこの病院は温かいところだなぁって思ってます。

手術した病院の記録



手術のこと


「手術」って言葉、すごく怖くてすごく構えてしまいませんか?

わたしもそのうちの1人で、できることなら手術はさせたくないなぁって思っていました。


「手術」と聞いて、1番不安に思うことは “麻酔” です。

わたしのこどもは、過去に造影CTや点滴、薬でアレルギー反応が出たことがあり、麻酔のアレルギーが心配で仕方なかったんです。


麻酔科に行けば、やはり先生たちには説明の義務があるので「アナフィラキシーショック」についてのことを聞くことになります。

10万人に1人くらいの確率ですが、麻酔事故で亡くなる方がいる現実を知った上で、書類にサインをしなければいけません。


こどもは全部で4回手術をしましたが、麻酔の回数が増えれば、それだけ事故にあうかもしれない回数も増えます。(麻酔をやればやるほど危険なわけではなくて、何度も車に乗っていればそれだけ事故に遭うかもしれない危険がある、というのと同じこと)

何度手術室へ送り出しても毎回心配は尽きなくて、「何度やっても慣れない」とある日わたしが呟いた時、「麻酔のことは信じてもらって大丈夫だと思います」と麻酔科の先生に言ってもらえたことは印象に残っています。


うちの子は、手術室までいつも歩いて行っていたので、毎回わたしもギリギリのところまで一緒に行きました。

手術室に入ると、術前に選んだ好きな曲(こどもは星野源のドラえもんをチョイス)が流れていて、そこで先生や麻酔科の方たちにこどもを託します。

何度手術室へ見送っても、毎回不安に押しつぶされそうで、こどもと離れた後にはいつも涙が流れてしまいました号泣

手術室の入場曲に毎回ドラえもんを選ぶので、4回目には「曲はいつものでいいですか?」と聞かれたのは忘れられない思い出です笑顔汗汗

今も、土曜日にドラえもんの音楽を聴くと、あの緊張MAXな手術室での光景を思い出します。

でもこれからは、ドラえもんのあの曲を聴いたら「悪いところを治してくれた、あの時の曲だなぁ」と思い出に変わっていくのだろうなぁ。

そう思うと、あぁ、本当に治ったんだなぁと実感しますしあわせ


掃除のおばちゃんNさん



入院中にお世話になった人の1人、掃除のおばちゃんのNさんにもとってもお世話になりました。

Nさんの家とわたしの実家が近く、息子がNさんのお孫さんと同じ年だったこともあり、息子のことを可愛がってくれました。

4回も入院しているので、何も言わなくてもわたしたちのことをよくわかってくれていて、「ここ(我が家)はいつも個室希望だから、個室にベッド移さないかんよ」って先に手配してくれたりして(笑)

Nさんとは世間話をたくさんしました。
心配なこと、複雑な気持ち、いろいろ聞いてもらって救われました。


こどもが薬を飲むことがトラウマになったとき、「孫も薬が飲めなくなって、このゼリーなら飲めるようになったよ」と教えてもらったのが、このチョコレートのおくすりゼリー。
うちの子も、これでお薬をまた飲めるようになって「Nさんのおかげだね」ってこどもがすごく感謝していましたキランキラン

きっともう、入院することはないのでNさんとはなかなか会えないだろうけど、外来でいつかバッタリ会えたら嬉しいな。

これからも、入院で不安なみんなに元気を分け続けてくださいね!


病気を通じて出会った仲間たち



この病院でわたしたちが出会うのは、どこかを手術しないといけないこどもさんたちです。

初対面でもお互いの気持ちが何となくわかるから、外来でたまたま近くの席に座っただけでも仲良くなれたりします。


レントゲン室の前でたまたまお話したママとは、“入院した時に家に残した家族が心配だよね”とか、“コロナが心配なのに手術してほんとに大丈夫なのかな”など、いっぱい話をしました。

その時は、わたしたちにとって初めての手術だったから、不安を吐き出すだけですごく救われた気持ちになれました。


またこの病院では、同室になった子たちともいろんなお話ができました。

カーテン越しだけど、術後に苦しむ様子がお互い手に取るようにわかるから、その子が元気になった時には「よかったね!」と自然に声をかけられたし、先に退院していく子が「頑張ってね!」とうちのこどもを励ましにきてくれたりして。

こどももママも、みんな同じ思いをしてきたからこそ自然とできることなんだろうなぁって思います。


手術入院に慣れた頃には、病棟の仲間と一緒に遊べるようになったりもしました。
食堂で一緒にカードゲームをしたことは、忘れたくない思い出ですにこにこ


出会った中で1番印象的だったのは、最後に出会ったうちの子よりも少しお兄ちゃん。
息子と同じ手術をするために、同じ部屋に入院してきた男の子でした。

同室で、同じ日に手術だったから、わたしたちは自然と話をするようになりました。


その子もやはり我が家と同じように、手術までの道のりは長かったようで汗
「最初はガンだって言われた(←もちろん違ってた)」って男の子から直接話を聞いたとき、これまで過ごしてきただろうママとお兄ちゃんの不安な日々を察して切なくなりました号泣

「うちも同じ病気なんだよ。1人じゃないからね!必ず治るから大丈夫だからね!」ってわたしがお兄ちゃんに声をかけた時、おとなしい息子が自ら「(発作が起こると)本当に痛いよね!」ってそのお兄ちゃんに話しかけたりして。
きっと同じ大変な思いをしてきた者同士、通じるものがあるんだろうなぁと感じました。

うちの子の方がお兄ちゃんより早く退院したので、帰るときにあいさつしたら「これからも元気でいようね」ってこども同士がハイタッチをしてましてにこにこ

あの時のふたりの姿は、忘れられず目に焼き付いていますにこにこ


この病気を通じて出会った仲間たちが、これからは病気を気にすることなく、元気に普通の生活を送れることをずっと願っています。
みんな、元気でね!


手術してくれた執刀医の先生はやっぱり神の手

こどもの手術を執刀してくれたのは、小池都知事を10倍クールにしたような女性の先生でした。
(でも外科系トップの先生キラン


外来にかかっているだけの時には、いつも早口だし、パソコンに文字を打ちながら話をされるので、ちょっと怖い先生だなぁという印象がありました。

病棟には、先生の自己紹介に「こどもが大好きです」と書いてあるけど全然そうは見えなくて(←すっごく失礼ですが汗

でも執刀医が先生に決まってからは、わたしも先生のことがよくわかるようになってきました。


早口なのも、パソコンを打ちながら話すのも、それはたくさん待ってる患者さんを診るためで、
そして外来が終わった後にすぐ手術があるからで、

分刻みのスケジュールで、逃げろー忙しく動く先生をずっと見てきて先生の大変さがよくわかりました。

先生は忙しすぎて、最後までじっくり話をする機会はなかったけれど、本当の先生の姿を知ることができてよかったなぁって思います。


息子が術後、どうしてもお礼を言いたいといって「治してくれてありがとうございました」と先生に伝えたとき、

「君も頑張ったんだよ、ありがとうね」と優しく言ってくれた先生の姿は忘れられません。


4回目の手術が終わった時には、先生が手術室の外でわたしが来るのを待ってくれていて、
「(今までたくさん手術したけど)もうこれで終わりですので」といってわたしに声をかけてくれました。

わたしはホッと胸を撫で下ろし、
「本当にありがとうございました。お世話になれたのが先生でよかったです。ありがとうございました!」と伝えたら、
「うふふ」
と言ってにこやかに手術室へと帰って行かれましたにこにこ


先生の手はやっぱり、神の手なんだなぁしあわせキラン

いつしか先生のことを下のお名前でわたしが勝手に呼ぶようになって、それを先生は自然に受け入れてくれて。
最後にはそういう関係になれたことを嬉しく思います。


手術の後、先生に言われて忘れられない言葉があります。

「わたしたちも〇〇くんの診断には本当に(←かなり強調)苦労しました。」


診断がはっきりつかなかった5年間。
先生たちも「なんで?」ってたくさん悩んでくれたんだなぁとわかる言葉でした。


先生にも「非常にめずらしいですね」と言われましたが、検査をしてもはっきり分からず、切ってみないと何が悪いか確定しないという息子のレアな症例。

そんなレアな症例が、いつか息子の頑張りが、原因がわからず辛い思いをしている誰かの役に立てる日がくるといいなぁと願っています。


今だから言える、子を持つママに伝えたいこと


小児科の先生ではわからなくて、専門の先生でもわからない疾患ってあるんだなぁと、こどもの病気を通してまざまざと思い知りました。

そんなときに頼りになるのは「母親の勘」です。

先生たちが診断に迷ったときに、これまで何度も
「お母さんの目から見たらどう?」
「お母さんだったら『これ、いつものやつだ』ってわかるじゃん」
とわたしは先生たちから聞かれてきました。

先生たちにとっても、母であるわたしの観察力が必要だったんです。


それから、先生がこう言うからきっと病気じゃないとか、検査で異常がなかったから病気じゃないとか、正直全然わからないなぁと思いました。


1番こどもの近くにいて、1番こどものことをわかっているのはやっぱり親です。

わたしは1番最初に言ったクリニックで、ちょっと冷たい対応をされてしまって先生に物が言えなくなってしまい、

その結果、息子の命を一時的に危険にさらしてしまいました。


もし病院に行ってもよくならなかったり、治療方針におかしいなと思ったり、不安が消えないときには、勇気をもって親が病院を変えることも必要だと思います。


そして、1度は「この病気は違う」と否定されても、やはり症状が続くときにはその都度病院に走ることが大切だと伝えたいと思います。

「お母さんが(息子の)症状が出たときに、病院に連れてきてくださったのがよかったです」と主治医の先生も言ってくれました。

病院の薬を飲むと一時的によくなるからと、それで良しとして何年も続けた結果、取り返しのつかないことになった人もいるというのも豊田の先生から聞きました。


もしこの先、こどもの体調不良で悩むママがいたら、「母親の勘」は大事にしてほしいなって思います。


5年間の経験から得たもの



最初にこどもが体調を崩したのは、まだ幼い時でした。

身内以外から話しかけられると、こわばった顔をしていつもわたしの陰に隠れてしまっていた息子。

この5年間の経験を通して得たものは、知らない人にも自分のことをしっかり伝えられる強さでした。


痛い、気持ちが悪い、何かがおかしい。
病気のことを、自分がしっかり伝えないといけない日々だったからでしょうか。
母親のわたしがいうのも何なんですが、しっかりした子になりました。


病気も手術も大変だったけれど、先生や仲間との関係、感謝する心、強さ…代わりに得たものも大きかったです。


今後病院へは、たまに定期的な受診をしていけば良さそうです。
お世話になった病棟とはもうお別れです。
この温かい場所ともさようなら。

嬉しいような、寂しいような。
でもやっぱり家で過ごせるってとっても嬉しい!!笑える



以上で(多分)わたしのこどもの病気記録はおしまいです。
最後だから、これまでのことをいっぱい書きました。

放っておいたら後に命にかかわってくるかもしれなかった疾患を、最初に見つけてくれた先生、経過をみてきてくれた先生、手術してくれた先生、

手当てをしてくれた看護師さん、病院の関係の方々、

同じ思いをしてきた仲間のみんな、

みんながいたから頑張れました。
本当にありがとうございました!















  


Posted by むー at 14:54子育て